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| 蒲焼商・山崎屋が確認できる最初の資料は、江戸後期・弘化年間(1844〜48)の「浦和宿絵図」です。本陣、脇本陣の他、髪結い、飯売旅籠などと並んで「山崎屋平五郎蒲焼商」の文字が確認できます。 | |
| 明治21年の大火もあり、それ以前の資料は残ってはいないものの、過去帳によると当家の先祖は寛永年間(1624〜44)に現在の場所に居を構えており、蒲焼商か否かはさておき、何らかの商いに携わっていたものと推測されます。 | |
| 以来、明治、大正と代を重ねてきましたが、そんなわけで現在の当主が何代目にあたるのか定かではない、というのが本当のところです。 | |
| 昭和の時代の山崎屋は、離れの個室が中心の完全な料亭スタイル。当時50人以上いた芸者衆も、昼夜を問わずお呼びがかかり、それは大変な賑わいでした。 | ![]() |
| また、大変なうなぎ好きで知られた昭和天皇から3代にわたり、当店のうなぎを召し上がって頂いております。 | |
| 現在は平成11年の全面改装を経て、よりお気軽に「浦和のうなぎ」を味わえる店として、近隣はもとより県外からも、多くのお客様にご来店いただいております。 | |
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